情報システム開発プロジェクトの実行中におけるリスクのコントロール

プロジェクトマネージャ(PM)には,情報システム開発プロジェクトの実行中,プロジェクト目標の達成を阻害するリスクにつながる兆候を早期に察知し,適切に対応することによってプロジェクト目標を達成することが求められる。

プロジェクトの実行中に察知する兆候としては,例えば,メンバの稼働時間が計画以上に増加している状況や,メンバが仕様書の記述に対して分かりにくさを表明している状況などが挙げられる。これらの兆候をそのままにしておくと,開発生産性が目標に達しないリスクや成果物の品質を確保できないリスクなどが顕在化し,プロジェクト目標の達成を阻害するおそれがある。

PM は,このようなリスクの顕在化に備えて,察知した兆候の原因を分析するとともに,リスクの発生確率や影響度などのリスク分析を実施する。その結果,リスクへの対応が必要と判断した場合は,リスクを顕在化させないための予防処置を策定し,実施する。併せて,リスクの顕在化に備え,その影響を最小限にとどめるための対応計画を策定することが必要である。

設問

設問ア

あなたが携わった情報システム開発プロジェクトにおけるプロジェクトの特徴,及びプロジェクトの実行中に察知したプロジェクト目標の達成を阻害するリスクにつながる兆候について,800 字以内で述べよ。

設問イ

設問アで述べた兆候をそのままにした場合に顕在化すると考えたリスクとそのように考えた理由,対応が必要と判断したリスクへの予防処理,及びリスクの顕在化に備えて策定した対応計画について,800 字以上 1,600 字以内で具体的に述べよ。

設問ウ

設問イで述べたリスクへの予防処置の実施状況と評価,及び今後の改善点について,600 字以上 1,200 字以内で具体的に述べよ。

出題趣旨

プロジェクトマネージャ(PM)には,情報システム開発プロジェクトの実行中に発生するプロジェクト目標の達成を阻害するリスクにつながる兆候を早期に察知し,適切に対応することによって,プロジェクト目標を達成することが求められる。

本問は,プロジェクトの実行中に察知したプロジェクト目標の達成を阻害するリスクにつながる兆候,兆候をそのままにした場合に顕在化すると考えたリスクとその理由,リスクへの予防処置,リスクの顕在化に備えて策定した対応計画,予防処置の実施状況と評価などについて具体的に論述することを求めている。論述を通じて,PM として有すべきリスクマネジメントに関する知識,経験,実践能力などを評価する。

解答案

章立てを考える

  1. プロジェクトの特徴とリスクにつながる兆候
    • プロジェクトの特徴
    • プロジェクト目標の達成を阻害するリスクにつながる兆候
  2. 顕在化すると考えたリスクと予防処置,及び顕在化に備えて策定した対応計画
    • 顕在化すると考えたリスクと理由
    • 対応が必要と判断したリスクへの予防処置
    • リスクの顕在化に備えて策定した対応計画
  3. リスクへの予防処置の実施状況と評価,及び今後の改善点
    • リスクへの予防処置の実施状況と評価
    • 今後の改善点

論文案

第1章 プロジェクトの特徴とリスクにつながる兆候

1.1 プロジェクトの特徴

送配電事業を営むA社の事業部門で使用している設備保全システムの再構築プロジェクトについて述べる。私は事業部門のプロジェクトマネージャとして,本プロジェクトに参画した。

このプロジェクトには,後続のプロジェクトが計画されており,2023年7月の運用開始が必達目標である。

運用開始に向けて2023年1~3月にかけて,本番移行するデータの整備を行う。今回のプロジェクトでは,設備に関するデータを設備保全システムで一元的に管理することを目指しており,整備が必要なデータは膨大である。データ整備以前までは8名のメンバでプロジェクトを推進してきたが,データ整備作業からはさらに2名のメンバを追加し,10名体制とする。データ整備後,4~6月の受入テストを経て,運用開始する計画である。

1.2 プロジェクト目標の達成を阻害するリスクにつながる兆候

プロジェクト目標の達成を阻害するリスクの兆候は,データ整備を開始した直後の2023年1月中旬に発覚した。データ整備作業を開始して以降,1週間に1度,メンバの進捗を確認していたのだが,2名の作業が明らかに遅れていた。

作業が遅れているメンバは,いずれもデータ整備作業からプロジェクトに参画したメンバである。ヒアリングしたところ,本プロジェクトの全容を理解しておらず,データ整備作業を進めるうちに,疑問が生じ,その都度,他のメンバに確認しており,時間がかかっているとのことであった。

第2章 顕在化すると考えたリスクと予防処置,及び対応計画

2.1 顕在化すると考えたリスクと理由

このまま,データ整備が遅れた場合,受入テストの工程に進めず,必達目標である2023年7月の運用開始に間に合わない。また,後続のプロジェクトが控えているが,そのプロジェクトに着手できない。後続のプロジェクトは,保守期限を迎えるシステムのリプレースであり,プロジェクトの着手を遅らせるわけにもいかず,最悪の場合,本プロジェクトが運用開始できない可能性もある。

2.2 対応が必要と判断したリスクへの予防処置

リスクへの予防処置を検討するため,データ整備を順調に進めているメンバにもヒアリングを実施した。今回の設備保全システムの再構築では,オブジェクト指向の考えを取り入れたデータ構造を採用している。その概念を正しく理解できれば,データ整備作業を円滑に実施できるとのことであった。データ整備から参加しているメンバに,上記の概念を教えていないためデータ整備の生産性が上がらないことが推察された。

そこで,データ整備作業から参画しているメンバに,本システムのデータ構造の概念を教えることにした。データ構造の概念を教え,データ整備の生産性が他のメンバに追いつくには,約1週間を見込んだ。このまま何もしなければ,データ整備作業が遅れるのは確実であるため,思い切って1週間の教育期間を設けることにした。教育を受講するのは,データ整備が遅れている2名,講師役としてデータ整備の概念を熟知しており,データ整備の生産性が高いBさんを設定した。その他の7名には,引き続き,データ整備を実施してもらう。

2.3 リスクの顕在化に備えて策定した対応計画

教育しても,データ整備の生産性が上がらなかった場合に備えて対応計画を策定する。要員の追加を検討したが,事業部門の中から要員を追加することはできなかった。

そのため,データ整備作業が遅れている場合は,現メンバが時間外と休日出勤で対応するしかない。現メンバに対して,2~3月で時間外と休日出勤が可能か打診した。10名中10名が可能な限り時間外と休日出勤で対応できる,と申し出てくれたため,データ整備作業が遅れた場合は,時間外と休日出勤でカバーすることにした。

第3章 リスクへの予防処置の実施状況と評価,及び改善点

3.1 リスクへの予防処置の実施状況と評価

データ整備作業が遅れていた2名のメンバに教育を実施した。教育後,メンバからは「システムのデータ構造の概念を理解できた」「これまで,右も左もわからずに確認していたが,概念を理解できたことで自信を持ってデータ整備を進められる」と手応えを感じていた。メンバの発言を心強く思い,2023年1月末まで様子を見ることにした。教育後のメンバの生産性は,Bさんに匹敵するほどまで上昇した。2名のメンバの生産性が劇的に向上したことで,時間外と休日出勤をしなくても,データ整備の遅れを取り戻し,所定の期日までにデータ整備工程を完了させることができた。また,受入試験も計画どおり完了させ,2023年7月のシステム運用開始の目標を達成することができた。

早い段階でデータ整備の遅れの兆候に気付き,予防策を実施できたことが功を奏した。

3.2 今後の改善点

データ整備から参画するメンバに対して,データ整備のやり方だけ教えればよいと安易に考えていた。システムのデータ構造の概念をしっかり教えなければ,データ整備の作業の生産性が上がらなかった。このことから,プロジェクトへ途中から参画するメンバへの導入教育は,大切であると改めて感じた。今後は,必要な導入教育を確実に実施したいと考える。

今回,教育の講師には,データ整備の生産性の高いBさんにお願いした。教育の中で,Bさんから教育受講者に対してデータ整備の生産性を上げるテクニックが伝授されており,教育受講者のデータ整備の生産性が,予想を上回る向上を見せた。生産性の高いメンバのノウハウをプロジェクトのメンバに共有することで,プロジェクト全体の生産性を上げることができた事例である。今後のプロジェクトでは,生産性に着目した教育も適時実施したい。

参考文献

  • 平成28年度 春期 プロジェクトマネージャ試験 午後Ⅱ 問題 問2

更新履歴

  • 2023年9月19日 新規作成
  • 2023年12月31日 論文案を掲載

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